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縄文人(見習い)の糸魚川発!

奴奈川神社の火越こし神事

糸魚川市梶屋敷に鎮座する奴奈川神社は、奴奈川姫を祀る。

延喜式に記述されている奴奈川神社は、山崎という地にあったとされるが、この山崎という地名は現在の糸魚川市にはなく、梶屋敷の奴奈川神社なのか、現在は天津神社と併祀されている奴奈川神社、通称「一の宮」なのかは不明。

神社の規模と氏子の数、祭礼の多さからいって、一の宮の方が可能性は高いのではないか?

年末年始のボランティアで正月は慌ただしく、奴奈川神社にかなり遅い初詣。ヒスイ職人としては奴奈川姫を祀る奴奈川神社と一の宮への新年の挨拶は欠かせない年中行事。

 

さて、梶屋敷の奴奈川神社だが、宮司さんが凄い経歴の持ち主なのだ。

火越こし神事の発火具を前に、とつとつと伊勢神宮の事をお話しして下さる宮司さん。

 

宮司さんは若い頃から能登の気多大社や伊勢神宮でご神職をされた経歴を持ち、お伊勢さんの遷宮を3度も経験されているので、聴かせて頂くお話は貴重なものばかり。

宮司さんがUターン帰郷して奴奈川神社の後を継いでから伊勢神宮の火越こし神事に倣い、小正月の「賽の神・お札のお焚き上げ」をするようになったとか。

発火具は伊勢神宮で使用しているものと同じだそうで、火きり臼は檜、火きり杵はソケット式になった山桑を使用した「舞ぎり式発火具」。火きり臼が動かないように切り込みがある。

 

私の恩師の一人、原始技術研究家の関根秀樹先生の研究によれば、江戸時代中ごろまでの伊勢神宮の火越こし神事は、一本の棒を両手で回転させるシンプルな「きりもみ式」であり、江戸時代後期になって伊勢算盤の孔開けに使う「舞いきり」を発火具に改良し火越こし神事に使うようになったと推測されるとの事。

私の愛用する発火具はソケット式の「弓きり」だが、これは関根先生の師匠である岩城教授が開発した、火きり杵の先端に孔を開けて竹やウツギなどの中空木材を咲き込むだけのシンプルな構造。伊勢神宮式は同じソケット式でも火きり杵の先端を4つ割りにして錘を下げる事で固定する手の込んだ方式。

 

ソケット式は、使用するたびに摩擦で短くなり使い難くなっていく火きり杵を常に同じ長さで使うための工夫で、驚くなかれ三千年前の古代エジプトですでに使われていた技術。

火口はおが屑を使用して、火吹き竹で息を吹き込みつつ焚火に炎を移すのだそう。

記録しておきたい貴重なご神事。