石なのに柔らかく、温かい。眼と掌に馴染んで何時までも観て、持っていたくなるモノを目指します!

縄文人(見習い)の糸魚川発!

鎮魂のポン・タマサイ・・・北海道バイクツーリング

旅を終えて最初の仕事は、お世話になった二風谷アイヌの古老に贈るためのポン・タマサイ作り。

驚くべきことに、かって古老はわざわざ糸魚川まで来て、奴奈川姫のカムイノミ(神事)をしたことがあるそうで、その時は色々と不思議な出来事があったようだ。

北海道に奴奈川姫をご存知の方がおられた事も嬉しいが、カムイノミまでして頂いたので、そのお礼も含めてのポン・タマサイを贈ることにした。

タマサイとはアイヌ女性が儀礼の際に身に付ける大きな首飾りで、ポンとは小さいというアイヌ語。

本来は大きな首飾りの中央に金属板を据えるのだが、糸魚川ヒスイと二風谷の縄文人が磨製石斧として愛用していたアオトラ製の超小型勾玉を据えた。

アオトラは二風谷産の緑色凝灰岩に冠された俗称で、二風谷を訪れた際に知遇を得たKさんに額平川に拾いに連れて行って頂いて入手したもの。

Kさんは国道沿いで二風谷産の石の販売業をしている方

二風谷集落を流れる沙流川支流の額平川がアオトラを産するそうだが、かってブームで石拾いの人が押寄せて今は減ったそう。ヒスイもねえ・・・。

 

Kさんと雑談していて、彼はアイヌ文化研究家でアイヌ初の国会議員となった萱野茂さんの甥で、民俗文化映像研究所の記録映画「アイヌの丸木舟を作る」の中で使用されているオアトラの磨製石斧の作者という事が解った。 

萱野さんの著作はほとんど読んでいる私にとって幸運この上ない出会いで、萱野さんの息子さんも呼んで頂いてご飯までご馳走になった。

そして江差町にある武四郎の顕彰石碑「百印百詩」を作ったのも何とKさん!

「百印百詩」の石碑は、当時は個人の身分、つまりバックパッカーとして蝦夷地を訪れていた武四郎と頼三樹三郎(漢学者・頼山陽の息子)が、旅費を稼ぐために一日で漢詩と篆刻(手紙や詩などの捺す石製ハンコ)を合作で百点づつ作ったイベントを開催した顕彰碑であり、篆刻は16歳で放浪を始めた武四郎が旅費の工面に身に付けた技術である。

 

これぞ武四郎のお導き。

糸魚川ヒスイと二風谷アオトラの勾玉を飾ったポン・タマサイは、ヌナカワ族が二風谷アイヌに贈るに相応しいと思うのだ。

 

8月11日から二風谷で「アイヌモシリ1万年祭」が始まった。

戦前の鉄道敷設工事の強制労働で亡くなったアイヌ、和人の囚人、朝鮮民族への慰霊コンサートで、お世話になった古老が草叢に隠れていた彼らの墓を発見して以来、20年も続いているそうだ。

過酷な労働を強いられた朝鮮の人々は、アイヌの茅葺の家に逃げ込めば助けてくれると脱走する人もいて、アイヌも協力したそう。

歴史に埋もれた非業の運命の人々への鎮魂儀式。


ポン・タマサイが完成したのは、奇しくも祭り初日のカムイノミ(お祈り)をしている頃合い。

これがヒスイ職人としての参加の仕方。


 

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